玉響*花心風

「たまゆら*かしんふう」ひきこもりメンヘラ腐れ喪女がなんか書きなぐってます。

蛇足:褒められること。「賢さ」と「努力」についてあれこれ考えた

 

 

hibikaze.hatenablog.com

 

の記事の続きになるのかな?

続きというよりかは蛇足。

 

記事を読みながらリアルタイムでメモったものです。

 

 

 

知性を褒められるよりも努力を褒められる方が、向上意識が高まる。

 

 

 

「知性を褒めるとかしこくみせよう」

という気持ちが強くなる。

 

 失敗から学ぶことを恐れるようになる。

 

  • 努力を褒めるのは「過程」を褒めることで
  • 賢さを褒めることは「結果」を褒めること

 

結果に固執してしまうのは、一度得られた自分の評価を失うのが怖くなるから。

 

でも、努力を褒められるのは、その時に得た賢さ(結果)ではなくその過程を努力している自分を褒めてもらえるということ。

 

 

賢さは成績だけをみていて

努力はその子自身をみている、

 

と感じさせるのだと思う。

 

 

賢さ、というのはひとりの人間の一時的で一部分的なかけらのようなもので、

努力、というのは連続的に存在しているひとりの人間の「今」のようなもの。

 

賢さは刹那を切り取った一面でしかなくて、努力は等身大の姿。

 

それぞれを評価するということは、それだけの違いがあるのだと思う。

 

でも、本来は賢さ(結果)だけを評価する、努力(過程)だけを評価するというのは極論であって、どちらも偏っている。

 

理想はどちらも評価すること。結果も努力も。

 

 

でも、その中庸が一番むずかしいのだと思う。