玉響*花心風

「たまゆら*かしんふう」ひきこもりメンヘラ腐れ喪女がなんか書きなぐってます。

女の子らしいものが好きな自分を認めることができなかった「女の子」だった私のこと

 

f:id:hioari96:20151214024304j:plain

 

かわいいもの好き

 

ataso01.hatenablog.com

 

全文章一つ残らず共感しかないこちらの記事を読んで思い出したことがあります。

 

小学校高学年から大学生に至るまでスカートを履くことができなかった。

女の子らしい、とされるかわいらしい服装を避けていた。

 

それほど自意識過剰だった時の頃を。

 

目録

 

 

誰かに何かを直接いわれた記憶はない。

覚えているのは、小学校の校庭でたしか木でできた平均台のような遊具で遊んでいた時近くで男子たちが女の子をからかっているような会話が聞こえてきた。

 

その場に女の子はいなくて「あいつはかわいくない」とか「スカートが似合わない」とかそういう男同士の「品評会」

 

直接、向けられた言葉ではなくて、私の名前もでてこなかったけれども。

 

そこでふと「あぁ、かわいくない子はかわいらしい服装をしてはいけないんだ」と思った。

かわいらいしい服は女の子らしい服はかわいい子がきるべきもので、私みたいにがたいのいい(小学校入学の時の小6の間違われるぐらい背の成長だけは早かった)かわいくない不細工は着ちゃいけない。

 

私の中でスカートは女の子象徴みたいなもので。

 

それから長い間、スカートを避け続けてきたし、服装に頓着することはなかった。

 

母は「かわいらしい格好」をさせたいと少なからず思っていたらしくワンピースを買ってもらったりしたからそれを着たりしたことはあるけれども恥ずかしかった。

 

少しレースがついた服装を母に薦められたとしても赤や青など選ばずに黒色ばかり選んでいた(これは厨二病も入っている)

 

大学入学後には少しだけ気にするようになったけれども、スカートは履かなかった。

 

服装だけではなく小物も”女の子らしいかわいらいい”ものはたとえ自分が好きだから購入したとしてもそれをもっていることがひたすら恥ずかしかった。

 

ただの自意識過剰かもしれないけれど、「かわいらしいものを持っている自分」が恥ずかしかった。

 

 

ようやくスカートをはじめとした「女の子らしい」ものを身につけるのに抵抗がなくなったのは大学を逃げるように卒業後、精神を病んでそれから少し回復してからだった。

 

実に数十年はかかっている。

 

それでも、上記の記事を書いた方のように

 

 

世間の抱く女性像にまったく当てはまらずなんとなく居心地の悪さを感じていた。今も感じることはたまにある。

女性らしい人でなければ女として認められないなら私は今すぐ性別を放棄して死ぬ - 私地獄

 

世間が抱く理想像から外れた居心地の悪さはずっと感じている。

 

「かわいいもの」「女の子らしいもの」が好き

 

これを認めるのに実に数十年かかった。

出っ歯で不美人でデブで頭もよろしくなくて…そんな私が「自分の好きなもの」を認めるのにそれだけの時間がかかった。

 

好きなものは好きなんだからしょうがない

(某BLゲーは何の関係もありません)

 

そう思えるようになったのは本当にここ最近のこと。

でも、やっぱりために揺らぐ。

恥ずかしくなる。

申し訳なくなる。

 

「学校」や「社会」という枠組みから外れたから

 

皮肉なことだけれども私がそれを認めることができたのは多くの人と共同生活を送る、つまり誰かの視線に常にさらされている「枠組み」からはぐれおちてしまったのがきっかけだ。

 

今は実家の仕事を手伝っているけれども大学卒業後はメンヘラニート状態だった。

 

それはそれで辛いものもあったけれども、自意識過剰な私にとって「集団生活」の中に身を置かなくていいのがよかったらしい。

ネットで多様な意見を目にする時間が多かったのも一因かもしれない。

 

かわいいものが好きだったしこれからも好き。

本当は小学生の時からかわいらいしいものが好きだった。

お姫様みたいな色が好きだったし、赤やピンクを選びたかった。

スカートを履いてみたかったし、ズボンじゃなくてワンピースを選びたかった。

 

でも、恥ずかしさや怖さやいろいろな感情がぐちゃぐちゃになって素直になるのを邪魔をした。

 

幼いころの私は中学生、高校生、大学生の私は何をそんなに意固地になっていたんだろう、と思うし、「そうなっても仕方ないよな」と納得することもある。

 

 

私は世間で言う「女の子らしいもの」が好き。

青も好きだけど赤も好き。

ジーンズも好きだけどひらひらとしたスカートも好き。

 

それでいい、と思えるようになってきた。

好きなものと似合うものが違うこともある。

 

世間がいう「女」から違うことの居心地の悪さ生き苦しさはないとはいえないけれど。

少なくとも「これが好きだ」と認めることができなかった頃に比べれば格段と息がしやすくなった気がする。

 

 

反動のせいか、ゴスロリに興味がありますが体型と年齢的に痛いとしか自分でも思えない。

 

 

まだまだ書きたいことがありますが、頭の中がごちゃごちゃしていてまとまらないのでこのあたりでおしまいにしておきます。

 

 

他の方のブログを言及させていただいた記事

hibikaze.hatenablog.com