ふと思い出したことがあります。
わたしの家庭はちょっといろいろありまして。
祓い屋(もしくは拝み屋)と呼ばれる人と関わりがあったりしたので、病気が治らなかったらセカンドオピニオンではなく、とりあえず祓い屋へ!
って感じでした。
(今は違いますが)
主に祖母の意向によって。
それが普通だと思ってた昔のわたしがやばい。
ほとんど覚えてないのですが祓い屋さんの指示にしたがって、
わたしが被害を受けたことをやったことを整理したいと思います。
目録。
◯小学校時代:寝る前に悶絶した覚え
悪いモノが取り付いているからと、
毎晩、寝る前に背中になんかすーすーするモノを塗られた。
たぶん肌にあっていなかったのだと思うけれども
いたくて眠れなかったので取っ手のないうちわを背中にいれてこっそり冷やしてました。
◯中学生時代:滝に打たれにいった
めちゃくちゃ楽しみにしていたイベントを強制的にキャンセルされて、
家族全員連れられて山奥に。
あの白い修行服?に着替えさせられた。
本物の修行僧の方が使っている滝よりは勢いも規模も小さい滝だったけれども、
めちゃくちゃ痛かった。
音が聞こえない。身体中が痛い。うまく息ができない。
「たしかにこれ煩悩を消すのにはもってこいだわ…」と遠のきかける意識で思った記憶。
周囲の雑音は聞こえず、完全に滝のごおおおおおおおおおという音だけ。
他に何も考えられない。
体中に水によく圧力がかかっているから、踏ん張らないといけない。
何をしているのかわからなくなってくる。
◯高校生編:我が家に観音様が!!
真偽の程はさだかではありませんが、祓い屋さんによればわたしの父親は霊媒体質らしいのです。これいろんな祓い屋さんにいわれているそうな。
聞いたところ、父は幼い頃から心霊体験っぽいことに遭遇しまくっているらしい。
父には守護霊様がいらっしゃらないから、観音さまに守ってもらいなさい。
お祀りして毎日お経をあげなさい
と指示を受けた我が家は仏間の一部を改装。
観音像を購入いたしました。
高校を卒業する頃にはあの祓い屋さんはだめだという祖母の意向により、そちらの方と縁をきって父は他の人にところに通うようになりました。
(この人ともいろいろありました。個人的には◯◯いです)
番外編
いつの頃にいわれたのかはっきりと覚えてないからの番外編。
たぶん小学生の低学年ぐらいかなと思います。
祓い屋さん「夢で河原の石に竜神さんが宿っている姿を見た。これが拾ってきた石(というか岩)これをお祀りする社を作って毎朝ご挨拶しなさい」
とおっしゃったので庭に小さな社をを作って竜神さんが宿るというお岩を祭りました。
たしかにお岩は蛇がとぐろを巻いている姿にみえなくもありませんでした。
(当時はまだ存在した)友達を家に連れてくるときに不思議な顔をされながらも、「ただいま帰りました」「いってまいります」と挨拶をし、月一ぐらいで祓い屋さんがお経をあげにきました。
これもこれを指示した祓い屋さんと縁を切るの同時に撤去しました。
これもまた別の祓い屋さんの指示です。
うちの家庭はそのせいか基本的に神様仏様その他諸々八百万の存在を信じてるています。
母親(嫁入り)は信じているけれども、祓い屋に依存しすぎの現状に不満を持っていたようです。
しかし、姑である祖母の権力が強すぎて何もできず。
わたしはあまり病気もせず、だいたい病院で治る程度のものにしかかかったことがないので直接祓い屋さんにかかったことがありません。
背中になんか塗られたりしたのは父親絡みです。
関係ないけど、その父親は昔は今で言うモラハラ系統な人間でしたが精神を本格的に病んでからうそみたいに弱々しい人間になりました。
言い合いをして手を挙げられないのが夢みたいです…
精神科での処方薬を欠かさず飲むことと「憑かれた」と感じたらかかりつけになってる祓い屋さんの元にいくことで精神の安定化を図ってる模様。
祓い屋さんとの関わり
神仏心霊信じておりますので視える人もわかる人も祓える人の存在も信じてます。
そういう人に頼るのもありだと思います。
でも、祓い屋さんだけに頼り切りになるのはよしたほうがいいと断言できます。
なにごともバランスが大切です。
何か心霊系統で心配ごとがあるなら祓い屋さんと他にも神社やお寺でお祓いをしてもらう、カウンセリングなどで話を聞いてもらうなど。
頼る場所を増やして、ひとつの場所に依存しない
ということが大切です。
我が家における関わりのはじまり
詳しくはしりませんが父方の祖父の母親。
わたしにとってひいおばあちゃんにあたる人がものすごく信心深い人だったようです。
拝み屋さんだけではなくさまざまな宗派の仏教を渡り歩いていろいろとやっていたと聞いています。
わたしが幼稚園にはいる前、物心つくかつかないかの頃
数年だけ一緒に暮らしてたそうです。
記憶を辿るとおぼろげに「そんな人がいたな」という感じに浮かび上がってきます。
どんな容姿の人だったとか性格はどんなだったのか、というのは覚えてませんけれども。
いくつかはっきりと残っていることがあります。
- 仏間におもちゃをもって入ろうとした時にものすごく怒られたこと。
- 冬至やお月見などの季節の行事をかかわず行っていたということ。
- 仏壇の前に座っていた後ろ姿
たしかに信心深い人だったんだろうなぁと思えます。
このひいおばあちゃんは祖父が幼いころから信心深かったそうです。
はっきりとはわかりませんがたぶん「あれが理由なんだろうな」と思えるところはあります。
とりあえず我が家と拝み屋との関係は父方の祖父の母親(ひいおばあちゃん)から、祖父の嫁である祖母へと引き継がれたようです。
父は幼い頃になにかあるたびに拝み屋さんに連れて行かれたそうです。
病気も病院ではなくとりあえず拝み屋へ。
そのせいか、拝み屋さんという存在にすごく依存してしまっています。
ひとつの場所に依存しない、と強調したのは父の姿をみているから。
「目に見えないもの」と「目に見えるもの」どちらもしっかりと見据えないと足場を失ってこころの安定も失ってしまいます。
けっこうなこと書いてると思いますがわたしは「視える人」も「目には見えない存在」
も信じている人間です。
ブログを書いているナマモノ