読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

玉響*花心風

「たまゆら*かしんふう」ひきこもりメンヘラ腐れ喪女がなんか書きなぐってます。

「性格」「性質」から「病」へ 火詞(ひふみ)の場合

 

 火詞(ひふみ)の場合。

わたしの場合は幼い頃からどこか精神的に不安定で

一般の子どもよりこころの発達が遅れていたように思います

 

ただそれに反して身長や体格の発育がよくて

周囲の扱いがとてもちぐはぐなものでした。

 

目録。

  

 

 

小学1年生の入学式で4年生に間違われるぐらいの

発育ぶりでした、といえばいいでしょうか。

 

こころの年齢は幼いのに

実際の年齢を知らない大人たちの対応は

見た目基準でいろいろといやな思いをしました。

 

小学校時代、中学時代

 

周囲の女子生徒とくらべて

精神的に子どもでした。

でも、「大人の対応」を求められました。

 

男子にからかわれて、怒っても

 

わたしが我慢すればいいという態度をとられました。

毎日毎日「しんでよww」と冗談半分で言われ続けて、

笑って流せるようにしました。男子の存在を無視するようにしました。

 

精神的に子どもは「同年代のやんちゃな男子」とぐらいでしたが、

教師の方の目はわたしにだけ厳しいものがありました。

 

中学時代のわたしは変なところで頑固で融通がきかなくて

よくわからない意地をはって、そうして人間関係をこじらせていきました。

 

高校・大学

見事ぼっちに。

ひとりぼっちのぼっちです。

 

 でも、まだ高校までは「病」と認識していませんでした。

わたし自身も性格の問題だと思っていました。

人に対してどう接したらいいかわからなくなっている

経験不足のせいだ。怖いのはおかしいことだ。

 

もしかしていわゆる「精神疾患かもしれない」という思いもありましたが、

わたしがおかしい、という自己嫌悪で終わっていました。

被害妄想に加害妄想もこの頃から大きくなってきます。

 

高校時代から希死念慮を抱くようになりました。

はっきりとしたものではなく、

おぼろげなもので。

 

毎日が憂鬱で朝が来るのがいやで

夜遅くまで起きて、学校で寝てという生活でした。

 

何故か大学に入学してしまった。

真面目に勉強もしていませんでしたが、

こんな心理的状況で仕事につけるわけがないと

大学進学決意。

でも勉強はほとんど手につきませんでした。

 

しかし、AO入試で見事合格してしまいました。

でも大学生活は暗黒。自己嫌悪と疑心暗鬼と他人不審。

この頃から幻聴がはっきりと聞こえるようになりました。

 

「きもちわるい」「いなくなれ(しね)

 

大学へ通う電車の中で風の音がそう囁いている気がして。

同じ電車にのっている学生たちに「きもちわるい」と

嘲笑らわれている気がして、カメラを向けて盗撮されている気がして。

 

でも、大学にいくことは止めなかったです。

 

決意があったわけでも

確固たる意志があったわけでもありません。

一度休んだらたぶん二度と外に出かけられなくなるからです。

友人も知人もいないのでノートもプリントも貸してもらえないからです。

惰性で生きていました。

 

なんとか大学を卒業することができましたが。

もう精神は限界にきていたのでしょう。

 

「受動的」から「動態的」になれなかった。

 

人が怖くても、他人が怖くても、外が怖くても。

それでも学校に通いつづけられたのは、

学校にいって席に座っていれば「受動的」なままことが進むからです。

 

大学では少々違いましたが、

それでも「学校」で「生徒」は授業を受けるというのが当たり前、

とういうのがありましたから。

なんとかなりました。

 

でも、大学卒業に待っている「就活」は違います。

受動的ではなく能動的に自分から動かねばならないのです。

しかも周囲は見知らぬ人ばかり、

自分よりすごい人たちばかり。

 

こころはボキボキにおれていきました。

でも、わたしなりに頑張って会社説明会だけは

いくつか通ってノートを取りました。

なれないスーツを来て、化粧をして髪を整えて。

 

でも、一度ある会社説明会の予定を忘れて

すっぽかしてしてしまいました。

 

そこからもうずっとベッドとお友達状態です。

起き上がる気力を失いました。

何もかもいやになりました。

もう無理だと思いました。

 

 

 

両親に連れられて、 

メンタルクリニックへ。

 

寝たきりから病気に無理解な祖母に

怒られて家事をやるようになりました。

家業を半ば無理やり手伝うことなりました。

 

いろいろあって、状態が落ち着いて

今に至ります。

 

当初は、ネットで誰かと会話するのも無理でした。

twitterでSNSをやるのも無理でした。

つぶやくだけの行為が無理でした。

 

でも状態が落ち着くにしたがって、

今度は誰かと無性に繋がりたくなって

あるクローズSNSに入りました。

 

今はもうそこはありません。

管理人の都合ですべてなくなってしまいました。

 

hibikaze.hatenablog.com

 

 

ブログ主「玉響火詞(たまゆらひふみ)」について

 

hibikaze.hatenablog.com